溺れるナイフ(1〜4巻)/ジョージ朝倉


その中でも、今日はずっと溺れるナイフのことが、頭にこびりついてました。
今までもジョージ朝倉さんのマンガは、胸をかきむしるような感じで、
ず〜っと頭の中をグルグル、グルグルする作品も多かったんですが・・・。


今度のはその中でも、一段と凄い中毒性です・・・。
ていうか、ページから出てくる情念というのが
メチャクチャ凄い。今までもありえないくらい凄かったのに、
今回はこんなところまで行ってもいいのかというくらいに
物凄いオーラが出てるんです・・・。


物語は、東京で小学生モデルをやっていた小6の女の子が
突然家族の都合で、東京から5時間かかる、超田舎に
引越し、そこで目もくらむような男の子に出会う。
初恋の衝撃は彼女の全身を貫き、その感覚に戸惑う
彼女は、最初は彼に負けまいと、輝こうとする。


彼の気を引こうと、写真集を撮ってみたり、CMに出たり、
周囲の大人の腹黒さ、同級生や周囲の羨望、嫉妬、好奇の目
の中で彼女はひときわ鋭く、危うく輝く・・・


舞台は浮雲町という架空のド田舎なんですが、そこではいまだに
神が生きている。閉鎖した空間のどす黒いカルトさと背中合わせの
美しさといったらマジでありません。


登場人物にも、あえて方言をしゃべらせ(苦労してんだろうなァ・・・)、
各人物の設定も今までになく詰めている。少女漫画なのに
背景が隅から隅までビッシリと描きこまれ(花柄のトーンなんて使わない!)
ページからは異常なまでのテンションが
漂ってくるのです・・・。


ジョージ朝倉さんは、デビュー当時からそのほとばしる
才能は端々に現れていたんです。「こりゃひょっとしたら化けるな・・・」


しかし、ギャグ漫画でデビューしたり、オムニバス形式の
恋愛モノだったり、大手月間少女誌でなく、年齢層高めの
女性向け雑誌に連載したり・・・


主人公も、やさぐれ女だったり、不思議ちゃんだったり、
主人公が話ごとに変わる群像劇だったり、いままではそうだったのです。
彼女のスタイルは、つねにニッチを狙った、いわゆる「サブカル」的な
作風だったのです。


一度、大手月刊少女誌「別冊フレンド」という雑誌で「少年少女ロマンス」という
物語を連載していましたが、そのときも、メタ構造やあらゆるレイヤーからの
パロディをふんだんに使った、言わば「変化球」的な作品で
(いや、メチャクチャおもしろいんですが)
彼女の態度は、どこか少女漫画の本流に対して、
逃げ腰なところがあったのです・・・。


しかし、今回の作品は、主人公は目もくらむほどの美男美女、
大手月刊少女誌で、ギャグやパロディ抜きの直球ラブストーリーを
やっている・・・。


恐らく、彼女にとって、王道の少女漫画をやるというのは、
とてつもなく重大な意味を持つんです。


かつて、アニメ界で10年に1度の天才と言われた庵野秀明さんとガイナックス
劇場版大作でデビューするも泣かず飛ばず、OVAでパロディ全開の
トップをねらえ!」を作ったり、NHK的な冒険モノを隠れ蓑にして、
やりたい放題の「ふしぎの海のナディア」をやったり・・・


そんな彼らが、夕方の地上波でロボットアニメをやろうと決意した、パロディも
以前のような使い方はなりを潜め、大真面目に決死の覚悟で作り上げたアニメ、
新世紀エヴァンゲリオン」。


あるいは、90年代に音楽業界を席巻した小室哲哉さん。
彼も、TRF華原朋美安室奈美恵など、プロデューサー、楽曲提供という、
いわゆるフロントからは一歩引いた存在で逃げていましたが、
彼自身がメンバーの一人であるユニット「globe」を
立ち上げたというのは、恐らく自身の作家活動の最終章と
位置づけたのでしょう・・・。


エヴァと共通する感覚として、「王道をやってるはずなのにとてもそう思えない」と
いうのがあります。


その構図はロボットアニメそのもののはずなのに、全然そんな感じがしない・・・と
言うのが「エヴァ」。


少女漫画の王道のはずが全然そうは思えない「溺れるナイフ」・・・。


これは、庵野秀明さんやジョージ朝倉さんが、「つまりロボットアニメって何だ?」
「つまり少女漫画って何だ?」ということを、糞真面目に本質から捉えなおしてるからです。


そして、その使い古された王道を、変化球として使うのではなく、
王道を王道のまま、その本質をカリカリにチューンして、見慣れた景色を一変させるのです。


そして、そのカリカリにチューンされた王道を思う存分堪能した後、
「この王道に僕ら私らは捕われてるんじゃないか?」
「この王道から僕ら私らはどうやって抜け出し、前に進んでいくんだろう」
というのを考えてる。まさに「溺れるナイフ」は少女漫画のエヴァなわけです。


多分、「溺れるナイフ」は、ジョージ朝倉さんの、今までの人生の総決算にして
最終章を作る気持ちで取り組んでるんだと思います。


作家の一部にある願望として、
「一生に一度、死ぬ気で自分の全てを表現したい、それを作り上げられたら
もう死んでもいい」
というのがあると思うんです。


かつて、夏目漱石は「一度、維新の志士のような激烈な精神で作家活動に取り組んでみたい」と
言ったことがあるそうです。そうして出来たのが「こころ」だそうです。


あまりにも鋭く尖り、激しすぎる内面を叩きつけ、見るもの、
聴くものに大きな傷を刻印する・・・。それは作家として、醍醐味であると共に、
大変な責任を負うものとなります。


もう一つ、今回の主人公、夏芽(!!)は、小学生にしてモデルです。
コンプレックスなど微塵も無い、激しく、鋭く、美しい女の子、
最初から、クラスメイト初め、誰もが羨む、選ばれた存在なんです。


これは恐らく、ジョージ朝倉さんが、今現在の少女漫画界では
ぶっちぎりの天才(主観)であること、この事実に真正面から
向き合って作品を作ろう、それに伴う、さまざまことに
全て向き合い、受け止めていこうという覚悟なんだと思います。


おそらく彼女、たくさんの女性漫画家からの羨望、嫉妬の対象に
なってると思うんです。それに対して、「私は真ん中じゃないから」
といつも逃げてきたジョージ朝倉さん。今回、遂に業界をしょって
立つという覚悟を決めたんだと思います。


少女漫画界で最も才能のある一人として、全身全霊で死ぬ気でやって、
全国の乙女に大きな傷を残してやろう、激しく強烈な洗礼を授けようと
いう感じなのではないでしょうか・・・?


知らなかったんですが、ジョージ朝倉さん、ちょっと前まで体調不良で
休載していたらしいですね。それを聞いて、涙が出そうになってきました・・・。
相当煮詰まってんじゃないかとか、間空けてテンション下がっちゃうじゃないかというのが
気掛かりですが・・・


ていうか、こんな漫画作ってる現場ってどんなんですかね・・・?
今回背景の描きこみとかすごいんで、アシスタントさんも
たくさんいるんでしょうが、


恐らく庵野さんの言う「総トランス状態」なんじゃないでしょうか?
こんなテンションはやっぱり異常だもの・・・。


とにかくこれは、まだ完結していませんが、自分がオタクだと思うなら、
男も女も、年齢も関係なく、絶対に読んだほうがいいです!
個人的には、「ハッピーエンド」「少年少女ロマンス」を
読んでからのほうがぐっと面白くなるので、その順番をお勧めします!


ガチンコ中2病の人、オタクだけど、「ハルヒブームなんて茶番だろ?」と思って
ノレなかった人、何かモンモンとしてる人、激しい恋が好きな人etc・・・
そんな十代のみなさん。


マジでこれを盛り上げましょう!別に出版社の回し者とかじゃありませんよ・・・(笑)
10年前にエヴァブームの熱狂を体験したエヴァオタクとして、これはもりあがっとけ!
ってマジで思うんです。


こういうのに乗らずに、空虚なバカ騒ぎしてもマジしょうがないですよ!
オタクは日和ってちゃ、馴れ合ってちゃだめなんだ!
祭りっていうのは、死ぬ気で、大真面目に参加するから面白いんです・・・!





追記:
ところで、この作品の舞台は何で、いまだ神様が生きてる、怪しい田舎なの?
という疑問には、

http://d.hatena.ne.jp/psb1981/20061211

この考察がとってもよいヒントになると思います。こういうのを考えながら読むと、
ますます面白くなると思います。


さらに追記:
追記というより一人ごと・・・。
このマンガの主人公、夏芽は、

http://d.hatena.ne.jp/bestofmylife/20060910/1157890778
で書いた女の子にそっくりです。夏芽がコウちゃんに全身を貫かれたように、
中1の僕は夏芽に全身を貫かれていました・・・。
あの時、僕は「祟られてしまった」んでしょうね・・・